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宇都宮地方裁判所 昭和35年(ワ)214号 判決

原告(反訴被告) 竹沢賢次

右訴訟代理人弁護士 増渕俊一

被告(反訴原告) 阿久津タキ

被告 山本新一こと 張東臣

被告 鈴木哲雄

右三名訴訟代理人弁護士 土渕益平

主文

一、原告(反訴被告)と被告阿久津タキ(反訴原告)及び被告山本新一こと張東臣との間において、原告(反訴被告)が別紙目録第一記載の土地につき、原告(反訴被告)を賃借人とし被告阿久津タキ(反訴原告)を賃貸名義人として、建物所有を目的とする賃貸借期間昭和二五年五月五日より向う三〇年間、賃料公定額毎月末日払、なる賃借権を有することを確認する。

二、被告阿久津タキ(反訴原告、)被告山本新一こと張東臣、及び被告鈴木哲雄の三名は、原告(反訴被告)の土地に対する占有及び同土地上の建築工事を妨害してはならない。

三、原告(反訴被告)のその余の本訴請求を棄却する。

四、被告阿久津タキ(反訴原告)の反訴請求を棄却する。

五、訴訟費用中、本訴に関するものは被告阿久津タキ(反訴原告)及び被告山本新一こと張東臣並びに被告鈴木哲雄の三名の負担とし、反訴に関するものは被告阿久津タキ(反訴原告)の負担とする。

事実

≪省略≫

理由

(一)  別紙目録第一記載の本件土地はもと訴外森川勝雄の所有であつたこと、右土地上に以前原告所有の登記した建物が建つていたこと、昭和三五年八月中旬頃原告が該建物を取毀しその跡へ建物を新築しようとして工事にとりかかつたこと、ところが同月二二日頃被告山本新一から、その内妻である阿久津キヨが本件土地を買受けたから工事を中止せよとの申入れがあつたので、同月二三日原告は森川とキヨを相手方として宇都宮地方裁判所に建築工事妨害禁止の仮処分を申請し(昭和三五年(ヨ)第八三号事件)、その旨の仮処分決定を得て同日これを執行したこと、すると同月二四日本件土地につき訴外森川から被告阿久津タキ(前掲阿久津キヨの実母)名義に所有権移転登記がなされ、次いで同月二九日被告タキから原告を相手方として同裁判所に建築工事禁止の仮処分が申請され(昭和三五年(ヨ)第八五号事件)、その旨の仮処分決定を得て同月三〇日これを執行したこと、などは弁論の全趣旨に徴して当事者間に争いがない。

(二)  よつて先づ、原告が前記建物を取毀すに至つた事情及びその後の経過を検討するに、

成立に争いない甲第二号証≪省略≫を綜合すると、次の事実が認められる。即ち、

(1)原告は昭和二五年五月五日頃本件土地上に建てられてあつた建物を木村キヨから買受け、地主森川の承諾を得て同人との間に改めて本件土地につき期間の定めなき賃貸借契約を結び(但し契約書は別に作成しなかつた)、爾来原告は右建物に居住して本件土地を占有し、昭和二七年四月一八日右建物を原告名義に移転登記し、昭和三五年八月初頃まで右建物に居住し、そして地代は同年七月分まで地主森川に支払つて来た。

(2)ところで右建物は相当古く且つ手狭であつたので、原告はこれを改築しようと考え、昭和三五年六月頃住宅金融公庫と栃木県教職員共済組合(原告の妻が小学校の教員をしている関係で)に対してその資金の借入れを申込んだが、右借入手続をするためには、その添付書類として、金融公庫に対しては地主の承諾書二通、共済組合に対しては土地賃貸借契約書二通を提出する必要があつたので、原告は同年六月下旬頃その妻キサを地主の森川方に遺わし、右の事情を森川に話して諒解を求めさせたところ、森川は異議なくこれを承諾し、承諾書と土地賃貸借契約書にそれぞれ署名捺印して原告側に交付したので、原告はこれを用いて前記借入手続をすませた。

ちなみに之等の書類が作成されるに至つた経過については、森川は左様な書類を作つた経験がないから原告の方で作つてくればそれに署名捺印してやると言つたので、原告は知人から承諾書の見本を借り、自分が勤務する栃木相互銀行において該見本に則つて「本件地上建物の改築増築新築を異議なく承諾する」旨の承諾書二通(甲第四号証の一、二)をタイプで打たせ、六月二八日原告の妻がこれを持つて地主森川方に赴き、訂正すべき箇所があつたら訂正して下さいと言つて森川に渡したところ、森川はこれを手に取つて見て賃料の部分を自ら書入れ、且つ名前が武男とタイプしてあつたので勝雄と訂正した上、森川という楕円形の認印を押捺して原告の妻に交付した。次いで六月三〇日原告は印刷してある土地賃貸借契約書用紙四枚を買求め、これを自ら所持して森川方に赴き、森川と相談の上、二人で各必要部分を書入れ、且つ該当欄に各自貸主借主の住所氏名を書入れ、そして森川はこの時は角形の実印を押捺し、一通を自己の手許に保管し、三通を原告に交付した。そして原告は前記承諾書二通を金融公庫に提出し(うち一通はその後県の建築課に廻付さる)、土地賃貸借契約書三通のうち二通を共済組合に提出し、残りの一通(甲第五号証の一)を自己の手許に保管しておいたのであるが、右提出するに先立ち、前記書類に記載された本件土地の地番及び坪数が登記簿上の表示と違つていることが判明したので、原告においてこれを訂正した。ところがその後金融公庫から右承諾書に添付すべき地主の印鑑証明書が必要であるとの通知があつたので、原告の妻が森川方に赴いてその旨を話し、森川から印鑑証明書をもらつてこれを金融公庫に提出したところ、最初承諾書に押してもらつた森川の楕円形の印章は実印でないことが判つたので、金融公庫からの要請に基き、原告の妻が再び右承諾書を森川方に持参し、森川に角形の実印を押し直して貰つた(甲第四号証の二、尚同承諾書中期間無期限と書入れたのは公庫の係員が書入れたものである)。また共済組合に提出した土地賃貸借契約書は、最初賃借人の氏名が原告となつていたが、同組合から組合員は原告ではなくてその妻であるから土地の賃借人も妻の名義にしてくれと言われ、原告がそのように訂正したが、更に同組合から実際の賃借人の名前の方がよいと言われたので、原告が再び元通りに訂正したものである。而して以上認定の事実からすれば、右承諾書及び土地賃貸借契約書は、作成名義に偽りがなく且つ内容についても何等主要な変更はないのであるから偽造変造の問題は生じない。

(3)以上のようにして原告は金融公庫と共済組合に資金借入れの手続をすませ、次いで住宅金融公庫融資住宅の設計審査に合格した上、同年八月二日に県の建築確認も得たので、早速建築準備に取りかかり、八月上旬頃原告等家族全部が数軒離れた知人の家に間借りし、八月八日頃から戸崎徳一に依頼して旧建物の取毀しを始め、同月一三日頃迄には取毀しが概ね完了した。但し本件土地の周囲に設けられている塀(下部は石垣、上部の板塀)と冠木門及び屋敷内の植木等は元の姿のままに残置し、建物を取毀した跡は直ちに整地した。

(4)ところが同月一五日頃地主森川は、前記の如く改築増築新築を承諾してその旨の承諾書及び土地賃貸借契約書に署名捺印しているのに拘らず、建物を取毀して了うことは知らなかつた、建物を取毀した以上借地権は消滅した、と言い出し、原告に対して本件土地を坪一万円で買取るよう申入れて来た。之に対して原告は建物の建築や子供の教育のため費用がかかるので引続き貸しておいてもらいたいと懇請したが話合がつかず、その二、三日後森川は再び原告方へ来て本件土地の買取方を要求し、原告が確答しなかつたので、森川は他へ売るようになるかも知れないと言い残して帰り、その後同月一八日頃森川は土地建物のブローカーである被告鈴木哲雄に本件土地の売却周旋方を依頼した。一方原告は既に森山建設株式会社に建築工事を依頼していたので、同会社では同月二〇日頃から建築の基礎工事に取りかかつていた。

(5)被告鈴木は本件土地の直ぐ北隣りに住み、当時原告の妻から家を建てかえる話をきいており、且つ原告等家族の者が建築のため近くの知人方に間借りしていることや、旧建物が取毀されたというものの本件土地の周囲には塀や門が残されており、門には原告の表札も元通り掲げられており、旧建物の跡地は整地されて、原告が既に建築工事の請負を依頼していることなどを十分知悉していたのであるが、森川から前述のように本件土地の売却周旋の依頼を受けたので、被告鈴木は同月二〇日頃同業者である被告山本新一にその旨を連絡した。

(6)被告山本は江野町不動産という商号で土地家屋の周旋業を営む傍ら、柚原光雄が主宰する振興商事株式会社(金融、及び各種商品並びに不動産の売買、競売公売による動産不動産電話加入権の入札買受等を営業目的とする会社の取締役をしており、且つ自分の内妻阿久津キヨ名義を用いて自ら不動産の投機的売買もなしている者であるが、被告鈴木から右の話を聞かされるや、早速鈴木と共に本件土地を下見し、鈴木と相談の上、前記原告側に存する事情を知悉しながら、原告が地上建物を取毀した隙に乗じて本件土地を前記内妻キヨ又はキヨの母タキの名義で買受け、原告に本件土地を明渡させて之を自己の有利に利用せんと考え、同月二二日朝被告山本は被告鈴木と共に地主森川方に赴いて買受交渉をなし、森川が原告に買取申入れをしたのと同じ値段の坪一万円で本件土地を内妻阿久津キタ名義で買受ける契約を締結し、被告山本は早速森川に手附金二〇万円を支払い、残金二七万円は移転登記と引換えに支払うこととした。そこで被告山本は同日夕方頃柚原光雄と連立つて本件土地に赴き、原告に対して本件土地を阿久津キヨが買受けたから敷地内に立入つたり建築工事をしてはならないと申入れると共に阿久津キヨ名義でその旨の立札を立て、次いで鈴木と共に森川方に赴いて代金完済前に仮登記をしておきたい旨申入れ、森川と交渉の結果、同日夕方山本は更に残金二七万円の内金一〇万円と山本振出の額面一七万円満期同年一〇月三一日なる約束手形一通を森川に交付し、翌日仮登記をすることを森川に承諾させ、且つ森川名義で原告に対し「建物滅失により本件土地の賃借権は消滅したから之を阿久津キヨに売渡した」旨の内容証明郵便を出すよう申入れ、その旨を記載した書面に森川の捺印を貰い、翌二三日午前中前記森川名義の内容証明郵便(甲第一三号証)と阿久津キヨ名義の「本件土地を森川から買受けたから右土地上の残存物件を早急に撤去して土地を明渡されたい」旨の内容証明郵便(甲第一二号証)を原告宛に発送し、次いで法務局に赴き二二日附売買予約を原因として阿久津キヨ名義に所有権移転請求権保全の仮登記を了し、更に同日午後阿久津キヨ名義で、原告から建築工事を請負つて既に本件土地に工事を着手していた森山建設に対し、立入並びに工事禁止の内容証明郵便(甲第一一号証)を発送した。

(7)一方原告は二二日夕方被告山本等から、阿久津キヨが本件土地を買受けたから建築工事を中止せよと言われてその旨の立札を立てられたり、本件土地に森山建設が施設したコンクリート基礎を造るための板枠を取除かれたりしたので、二三日森川と阿久津キヨを相手方として宇都宮地方裁判所に建築工事妨害禁止の仮処分を申請し(昭和三五年(ヨ)第八三号)、その旨の仮処分決定を得て同日之を執行し、建築工事を続行した。

すると被告山本等はこれが対抗策として、翌二四日阿久津キヨの実母である被告阿久津タキ名義に森川から所有権移転の本登記をなし、同月二六日に今度はタキ名義の内容証明郵便で原告に対し本件土地上の工作物撤去を通告し(甲第一七号証)、次いで同月二九日阿久津タキ名義で原告を相手方として宇都宮地方裁判所に立入並建築工事禁止の仮処分を申請し(昭和三五年(ヨ)第八五号)、同日その旨の仮処分決定を得て同月三一日之を執行した。

(8)而してその間およびその後において、被告山本等は数回に亘り、本件土地上に原告が建築中の建物を破壊したり、或は原告が前掲森川の承諾書や土地賃貸借契約書を偽造したといつて原告を宇都宮警察署に告訴したり、又は原告の妻の勤務先である小学校に赴いて文書偽造をするようなことは教員として不都合であると責めたりしたので、周囲の住民も原告等に同情し事態の成行を憂慮している。

以上の事実を認定することができ、前掲各証人の証言並びに本人の供述中、右認定に牴触する部分は採用しない。

(三)  ところで原告代理人は、第一次的請求原因として、森川と被告阿久津タキ間の本件土地の売買は相通じてなした虚偽仮装のものであるから無効であると主張するので、この点を判断するに、

前項認定の事実によれば、訴外森川や被告山本等は原告が本件地上に有していた登記ある建物を取毀したのを奇貨とし、原告が本件土地について有している借地権の対抗力を失わせようとして本件土地の売買契約を締結したこと、そしてその売買契約は当初は山本の内妻阿久津キヨが買受名義人となつて締結され、次いで原告が森川及びキヨを相手方として建築工事妨害禁止の仮処分を執行したので、これが対抗策として今度は買受名義をキヨの母タキに変更してその旨の売買契約書を作成し、八月二四日阿久津タキ名義に所有権移転の本登記をするに至つたことが窺われる。(ちなみに前掲各証拠のほか、被告代理人提出の森川勝雄に対する尋問事項中にも「証人は鈴木さんの仲介で阿久津キヨさんに昭和三五年八月二二日本件土地を売却し、同人の希望でキヨの母タキ名義に同月二四日移転登記をしましたか」と記載されており、阿久津キヨ及び鈴木哲雄に対する尋問事項中にも同様のことが記載せられているのであつて、斯様な点と二三日にキヨに仮登記がなされている点から見ても、当初の買受名義人はキヨであり、タキを買受名義人と表示せる乙第一第五第八号証等は八月二四日頃タキ名義に本登記をする際に日附を二二日に遡らせて作成したものであることが十分窺われるのである。)

然し乍ら右のように、森川や被告山本同鈴木等が相謀つて地震売買の方法により原告の本件土地に対する借地権を消滅させようとして売買がなされたにしても、更にまた当初はキヨ名義で売買契約を締結したものを原告の仮処分を無効ならしめんとして、買主をタキ名義に変更したとしても、右売買は被告山本がキヨ又はタキの代理人として(或は寧ろキヨやタキの名義を使用しただけで真実の買主は被告山本であると見るのが相当である)、真実本件土地の所有権を取得する意思のもとになされたもので、且つ前掲乙第五、第八、第一一、第一四号証と被告本人山本新一の供述並びに証人森川勝雄の証言等によれば右売買代金は既に山本から森川に支払済であることが明らかであるから、たとえ森川と山本間に、若し原告を本件土地から立退かせることが出来なかつた場合には、売買を解除して再び森川に本件土地の所有権を戻すとの特約があつたにしても、右売買が虚偽仮装のものであるということは出来ず、従つて原告の第一次的請求は理由がない。

(四)  次に原告代理人は、第二次的請求原因として、森川と被告等間の前記売買は、原告の本件土地に対する借地権を消滅せしめてその占有を不法に侵奪せんとするものであるから、共同不法行為又は権利濫用として無効である旨主張するので、この点を判断するに自己所有の不動産であつても、地上権又は賃借権などの目的として他人が之を占有し、或は公務者の命によつて他人が之を看守保管しているような場合において、所有者が不法領得の意思のもとに実力をもつてその不動産に対する他人の占有を排除して之を自己の支配下に移し、又は第三者をして不法に占拠せしめる場合には、不動産侵奪罪が成立し、右犯罪については未遂罪も処罰の対象となることが明かである。

ところで或る行為が犯罪となるときでも、その行為が民法上必ずしも無効となるものとは限らず、即ち或る取引行為自体が犯罪となるときでもその行為の私法上の効力は必ずしも無効となるとは限らず、況んや犯罪の手段として為された取引行為についてはそう言いうるのであつて、その行為の効力は民法の意思表示に関する規定によつて決せらるべきものであり、その取引行為が公序良俗に反する場合は無効というべきであるが、然らざる場合には或は取消し得べきものであり、又は単に不法行為として損害賠償の対象となるに過ぎない場合もあるのである。

今本件についてみるに、本件土地の売買行為自体は何等犯罪行為又は公序良俗違反の行為に当るものではなく、唯その売買が不法領得の意思をもつて本件土地に対する原告の占有を不法に排除し之を自己の支配下に収めんとする所謂不動産侵奪の手段として為された場合において問題となるのであるが、前記認定の事実と森川勝雄の証言によると、森川は、たとえ建物の改築を承諾しても原告が建物を取毀して了えば最早原告の本件土地に対する借地権は消滅して了つたものと考え、原告に本件土地の買取方を交渉したが原告が之を買受けなかつたので被告等に売渡したもので、一方被告本人山本新一の供述によれば被告等においても原告が登記した建物を取毀した以上原告の本件土地に対する借地権は対抗力を有しないものとして之を買受けたものであることが認められるから、未だ右売買を目して不法領得の意思をもつて売買したものとはなし難く、また原告の借地権が対抗力を有しなくなつたことを奇貨として右売買が行われたにしても、その程度では未だ右売買そのものが公序良俗違反又は権利の濫用ということはできない。従つて原告の第二次的請求も理由がない。

(五)  次に原告代理人は、第三次的請求原因として、詐害行為による取消しを主張するので、この点を判断するに、

詐害行為取消権は破産法上の否認権と同じ性質目的を有するもので、債務者が債権の共同担保が不足することを知りながらその財産を減少する行為をなした場合に、その行為の効力を取消して債権の共同担保を回復することを目的とするものである。

ところで特定物の給付を目的とする債権又は建物所有のための土地上の賃借権の履行を困難又は不能ならしめた場合、これを保全するために債権者取消権を行使することができるか否かについては、物権変動の対抗問題又は借地権の対抗問題と絡んで議論の存するところであり、また債権者取消権は共同担保の保全のみを目的とするもので、取消権者の債権は共同担保から平等の弁済を受くべきものであるから金銭債権でなければならず、特定物の債権者はそれが損害賠償債権に変じた後でなければ取消権を有しないとの判例(大正七年一〇月二六日大審院民事聯合部判決)があるが、然し乍ら特定物の債権者に取消権を認めることは民法第一七七条、第一七八条の対抗問題や借地権の対抗問題と矛盾するという議論は、債務者の一般的無資力という条件が存在しない場合にのみ是認されるものというべきであり(鳩山日本債権法総論二〇六頁以下)、而して債務者の一般財産によつて担保されるものは金銭債権のみに限ることなく、窮極において損害賠償債権に変じ得る債権はすべて担保さるべきものであつて、特定物の債権が金銭債権よりも薄弱な取扱いを受くべきいわれはないから、特定物債権と雖も、債権の共同担保が害せられる場合、即ち債務者が無資力となつて他の一般債権者が取消権を行使し得べき場合においては、取消権を有するものと考える。

ところで本件においては、森川が本件土地を被告に譲渡したために無資力となり、他の一般債権を害するに至つたとの点については何等の証拠も存しないから、原告の第三次的請求も亦理由がない。

(六)  更に原告代理人は、第四次的請求原因として、以上原告の請求がすべて理由ないとしても、本件のような場合には、原告が前地主森川に対して有していた本件土地の借地権は右土地の譲受人に対しても対抗し得るものであり、仮に然らずとしても、以上のような状況のもとに買受けた新地主が、原告に対して借地権を否認し本件土地の明渡を求めるのは権利の濫用であると主張するので、この点を判断するに、

(イ)原告が前地主森川との間において、本件土地につき昭和二五年五月五日以来、建物所有の目的をもつて期間の定めない賃借権を有し、原告は右土地上に登記した建物を所有していたが、その後原告は該建物を改築する必要を生じ、前地主森川の承諾を得て昭和三五年八月一三日頃迄に該建物を改築のため取毀したことは、既に認定の通りである。

而して訴外森川や被告山本等は、原告が地上建物を取毀したことによつて本件土地に対する原告の借地権が消滅したかの如く考えているようであるが、借地法第二条によると「借地権の存続期間中と雖も地上建物が朽廃したときは借地権はこれによつて消滅すると規定されているのであつて、朽廃に非ずして建物が滅失した場合においては、これにより借地権は消滅することなく残存期間なお存続すべきことは同法第七条によつても明白であるから、本件の如く原告が改築のために既存建物を取毀したような場合には、これについて地主の承諾を得たと否とに拘わりなく、訴外森川と原告との間においては本件土地上の借地権は昭和二五年五月五日から起算し三〇年(右借地権が期間の定めのないものであること及び地上建物が堅固ならざる建物であることは既に述べたとおりであるから、その存続期間は借地法第二条によつて三〇年である)の期間満了に至るまで存続する筈である。

ところで右森川と原告との間の借地権は、借地権の登記があるか又はその地上に登記した建物が存する限り建物保護法第一条第一項によつて本件土地を譲受けた第三者に対しても対抗し得るのであるが、本件においては既に述べたところによつて明かなように、借地権そのものについては登記がなく、そして本件地上に在つた登記した建物は既に原告が昭和三五年八月一三日頃改築のために取毀して存在しなくなつたのであるから、たとえ登記簿上にその記載のみが残つていたにしても、その後において本件土地を買受けた被告阿久津タキや山本等に対して、原告の借地権を対抗することはできない。

この点に関して原告代理人は、前記建物は改築のため一時取毀したというものの、周囲の門や石塀板塀等は残存していて、建物が全部滅失したという状態ではなかつたと主張するが、然し乍ら之等のものは前記登記した建物の一部ではなく右建物とは別個のものであるから、之等のものが残つていることによつて登記した建物が未だ残存しているということはできない。

また被告阿久津タキや山本等は登記の欠缺を主張するについて正当な利益を有する第三者に該当しないという考え方もあるかも知れないが、従来の判例の立場からすれば、右の正当な利益を有する第三者に該当しない場合というのは、当該不動産に関し正当の権原に因らないで権利を主張し又は不法行為に因つて損害を加えた者の如きをいうのであつて、本件においては、本件土地の真の所有者たる森川から被告等が買受けてその所有権を取得し登記を完了したのであるから、被告等は原告の登記欠缺を主張するにつき正当な利益を有する第三者であると言わざるを得ない。

(ロ)よつて更に進んで原告代理人の権利濫用の主張について判断するに、原告は昭和二五年五月五日以来前地主森川との間において本件土地につき堅固ならざる建物の所有を目的として期間の定めのない借地権を有し、その地上に登記した建物を所有していたのであるが、地主森川の承諾を得て改築のために右建物を取毀し、新な建築に着手したところ、被告山本等は右の事情を知悉しながら、原告の借地権が対抗力を失つたことを奇貨としその隙に乗じて本件土地を買受け之を自己の有利に利用せんとし、森川と交渉して被告阿久津タキの名義をもつて本件土地を買受け、原告に対して借地権を否認し本件土地の明渡を求めているもので、実際の買主は寧ろ被告山本であることは、既に前掲(二)の(1)ないし(8)及び(三)において詳述した通りである。

ところで被告本人山本新一は、「被告鈴木や訴外森川から、原告が本件土地を明渡して他に移転するとか、本件土地を他へ売つてもよいと言つていると聞いたので、自分の内妻阿久津キヨの母タキの住居を造つてやるために本件土地を買受けた」旨供述しているのであるが、原告本人の供述と証人阿部鶴吉、同竹沢キサ、同伊藤守の各証言、並びに成立に争いない甲第二九号証、乙第七第一二第一三号証、及び証人竹沢キサ同伊藤守の証言により真正に成立したものと認められる甲第二八(但し公証部分の成立は争いがない)第三〇第三一号証等を綜合すれば、原告は本件土地を明渡して他へ移転するようなことを被告鈴木や地主森川に話したことがなく、本件地上にあつた旧建物を宇都宮市戸祭町二六〇五番地に移築する工事を戸崎徳一に請負わせた事実はあるが、それは右旧建物の材料を原告の妻の実弟に当る伊藤守に金一五万円で買つてもらつたため、原告がその移築工事を伊藤に代つて戸崎に依頼したもので、右移築された建物は伊藤の所有に属し、同人が之を他に賃貸していること、又原告は宇都宮市双葉町一丁目四五九番地に宅地一一七坪余りを有しているが、それは原告の勤務先の上役たる阿部鶴吉から、安い土地があるから一緒に買わないかと勧誘され、同人に代金を立替えてもらつて昭和三四年六月中に買受けたものであるが、将来転売する目的であつて自ら其処に住むつもりで買つたものではないことが認められる。他面、証人竹沢キサ、同山本義夫の各証言と成立に争いない甲第一九第二六第三五第三六第三八第三九号証によると、被告阿久津タキは新三郎の妻で、新三郎との間に好一、キヨなどの子供があり、キヨは被告山本の内縁の妻として山本と同居し、タキは好一と共に宇都宮市宿郷町一三番地にある夫新三郎所有名義の家屋に居住しており、差当つてその住家を建築する必要に迫られてはいないこと、及び被告山本は内妻キヨ名義で他にも不動産の投機的売買をしていること、などが認められる。

而して斯る事情を綜合して考えると、たとえ原告の借地権が対抗力を失つたにしても、原告が登記ある旧建物を地主の承諾を得て改築のため取毀し、新築工事に着手した矢先、借地権の対抗力を具えない間隙を縫つて、その敷地を投機的に買受け、原告の借地権を否認して土地の明渡を求めるが如きことは、著しく信義に反し、到底公共の福祉に遵つた所有権の行使ということはできず、即ち権利の濫用として許されないものである。

従つて借地権の対抗力の点からみれば、原告が森川との間において本件土地について有していた借地権は右土地の新所有者たる被告タキないし山本に対抗し得ないのであるが(故に同被告等は森川の賃貸人たる地位を承継するわけではないのであるが)、右に述べたように、被告等が原告の従来有していた借地権を無視して自己の有する本件土地の所有権に基き之が明渡を求めることは権利の濫用として許されないのであるから、その必然的帰結として、被告等は原告に対し、原告が従来本件土地について借地権を有していたことを承認し、これを原告に賃貸すべき信義則上の義務を負うものというべきであり、従つて同被告等は原告に対し、堅固ならざる建物の所有を目的として、昭和二五年五月五日以降三〇年間の期間が満了する迄の残存期間、賃料は公定額によつて毎月末払、にて本件土地を賃貸せねばならない。よつてその範囲において原告の借地権確認を求める本訴請求は理由がある。

(七)  以上の次第であるから、被告阿久津タキの反訴請求は失当として棄却さるべきものであり、なお被告等が原告の本件土地の占有及び同地上の建築工事の妨害をしていることは既に述べた通りであるから、原告が右妨害の排除を求める本訴請求も理由がある。

(八)  よつて以上に認めた範囲において原告の本訴請求を容れ、原告の其の余の請求及び被告阿久津タキの反訴請求をいずれも棄却し、訴訟費用中本訴に関するものは民事訴訟法第九二条第九三条に則り之を全部被告等三名の負担とし、反訴に関するものは同法第八九条に則り被告阿久津タキの負担とし、なお原告は前記妨害の排除を求める部分について仮執行の宣言を付すべきことを申立てているが、それは許されないから却下し、主文の通り判決する。

(裁判官 石沢三千雄)

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